「夢」

しばらくそんな言葉とは遠ざかっていた。

いい歳をして夢を追いかけるのもかっこ悪いし、これまでだって夢に向かって走ってきたわけじゃない。

それでもそこそこ幸せになれたし、満たされてきた。


でも時折モヤっとした感覚を覚えることがある。

不足感? 嫉妬? 失望?

なにやら自分の中に感じるものがあるのだ。

それが何か、今日、ふとしたきっかけで明らかになった。


それは、

英語で不自由なくコミュニケーションできるようになること

だった。

それは中学生の頃から感じていた夢だった。

もっとうまく英語を話したかった。でもなんか恥ずかしかった。そういう年代だった。

高校のときにはアメリカへ留学したかった。叶わなかった。成績が足りなかったし、先生に目をかけてもらえるほどでもなかった。

大学生になってからはそんな夢は忘れていた。

就職してITの会社に入ってから、再びアメリカあるいは英語圏への憧れが持ち上がってきた。シリコンバレーは憧れの地だった。英会話サークルに入り学び続けた。その甲斐もあり、英語のプレゼンテーションの役目を何度か頂いた。アメリカの展示会で説明員もさせてもらった。満足感があった。

転職して、シリコンバレーに本社を置く会社に入ることができた。英語を話さざるを得ない環境に身を置いた。がんばった。苦しかった。でもがんばった。一皮むけた気になっていた。

再び転職し、話す機会も使う機会もなくなった。もう英語はいいやと思っていた。


でも、インバウンドの外国人が困っているのを目にすると、助けたくなる。話しかけて、なにか力になれればと思うようになった。

今の仕事の幅を広げるためには、やはり英語圏にある知識をダイレクトにキャッチする必要性を感じ始めた。そして、英語圏の人達とも対話をしたくなった。分かり合いたくなった。


そうなると英語は手段。

私の夢は、

もっと多くの人に伝えること/もっと多くの人達と分かり合うこと

だと気がついた。


わかりやすく伝えることで相手をサポートすること

それが自分のミッションなのではないか思っている。

だとしたら、やはりその実現ために英語というツールがほしい。もっと多くの人に伝えるためには、英語というツールが必要だ。


そんなことを含め、いま改めて自分の中で再びマグマが動き始めている気がする。

「ここからもう一花咲かせるか」

そんな気持ちが頭をもたげてきた。






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